UAPじゃなくてUFO!:『NOPE』(ジョーダン・ピール監督、2022年)

 

1. はじめに

 『ゲット・アウト』、『アス』を見返して、ようやく映画館に『NOPE』を観に行った。予告編で出てきたからネタバレにはならないだろうけど、UFO的な何かがここまで恐ろしくホラー的に映し出されるのは初めての体験だった。音、映像そしてその見せ方どれをとっても贅沢で、舞台となる場所は殺風景な荒野がほとんどだけれど、とても充実した映像になっていた。

 前二作は奇抜なアイディアによって、社会的問題もうまく取り入れられていて、その点もジョーダン・ピール作品の見どころの一つだった。本作を見終わったとき、恥ずかしながら私は今回の作品が表のストーリーとは別にどういった問題を描こうとしているのかが分からなかった(それでも楽しめた)。しかしいくつかのレビューを見ていると、「映画」や「映画史」における「見る/見られる」の権力関係、またそのなかでの人種差別問題を描いているのだと知って腑に落ちた*1。すでに優れたレビューがあるので、この記事では枝葉末節のUFO関係の話題について触れたい。

 本作のあらすじは次のようなもの。映画撮影用の馬を育てる牧場を経営するOJ(ダニエル・カルーヤ)と父親のオーティス。オーティスはある日、空から落下してきた物体によって突如として死を迎える。残されたOJは父親の仕事をつぐために、自ら調教師として映画の撮影現場に向かう。しかしOJは口下手で、俳優や撮影クルー(多くは白人)とうまくコミュニケーションがとれない。そこに兄とは違って弁が立つ妹のエメラルド(キキ・パーマー)がやってきて、兄の代わりに一席ぶつ。しかしエメラルドが目を話している隙に、OJの忠告を聞かない撮影クルーの不手際によって馬が暴れてしまう。肩を落としながら牧場に帰る兄と妹。しかしそこで二人は未確認の飛行物体を見る。二人はそれを撮影して一攫千金を狙おうとするが...

 

以下、ネタバレあり

 

 

2. 「古代の宇宙人」

 本作には、字義通りの未確認飛行物体(UFO)が登場する。OJとエメラルドがUFOを撮影しようとして街の大型スーパーで撮影機材を買うときに、店員のエンジェル(ブランドン・ペレア)と出会う。このエンジェルがいいキャラだった。エンジェルが信頼に足る人物だということは、エンジェルがヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」を激推ししているところから容易に推察できる。「古代の宇宙人」と言えば、ヒストリーチャンネルのなかでも最も”真実”に迫った大人気ドキュメンタリーシリーズで、基本的には「古代宇宙飛行士説」をあの手この手で実証しようというもの*2。「古代宇宙飛行士説」とは、古代の遺跡が明らかに古代人の技術では建造不可能だとか、古代の壁画に空飛ぶ乗り物が描かれているとか、そういったことを根拠に、古代文明に宇宙人がやってきてその宇宙人が、古代の人々に遺跡の建築法を与えたり、場合によっては「神」としてあがめられた、とする説である。私もさまざまなオカルト説のなかでも一番魅かれる説だ。

 

3. UAPじゃなくてUFO

 政府が「UFO」映像を「UAP」映像として公開した件について憤っているところからも、エンジェルが信頼に足る人物だということが分かる。エンジェルは数年前にUFOの映像が公開されたことに言及し、そのときそれが「未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)」ではなく、「未確認飛行・航空現象(UAP = Unidentified Aerial Phenomenon)」と呼ばれたことに憤慨する。これは実際の出来事で、数年前にペンタゴンが未確認の航空現象に関する映像を公開した*3。これが話題になったときにはUFO肯定派はついに時代が自分たちに追いついてきたと色めきだった。

 エンジェルによると、「UFO」を「UAP」と言い換えることによって、人々の関心をそぐ狙いがあるらしい。UFO肯定派らしい陰謀論的解釈だが、UAPという名称には、それが「物体(object)」であるかどうかを未決定にする慎重さがうかがえる。つまり、たしかに空中での「未確認の現象」はあるが、それが何らかの「物体」なのかどうか、さらにはUFO肯定派が想定するような宇宙人の乗り物(エイリアンクラフト)であるかどうかは未決定なのだ(UFOは未来人の乗り物だという説もある)。UFO肯定派としてはやはり「エイリアンクラフト」であってほしいが、そうは問屋が卸さない。

 ところで『NOPE』の話に戻ると、実は本作で登場するUFOは「エイリアンクラフト」でもない。むしろそれ自身が「エイリアン」あるいは「モンスター」である。北村紗衣さんが『NOPE』についてのレビュー記事で、「終盤は動物パニック映画」だと書いているが、まさにそうだった*4。あの乗り物からどんなエイリアンが出てくるんだろうというUFO肯定派の期待を裏切って、あの乗り物自身がエイリアンだった!というアイディア*5。これからはUFO生物説も出てくるかもしれない(もうありそうだが)。

 

4. 「マンティスマン」

 ジョーダン・ピール監督作品にはギャグなのかシリアスなのか分からないところがよく出てくるけど、本作品には撮影用の屋外カメラにカマキリが張り付いてUFOを撮影できないというシーンがある。屋外カメラの映像に急に出てくるカマキリの顔は一瞬、宇宙人をおもわせる。ここではおそらく敢えてカマキリを使っているようにおもわれる。実は、カマキリ型宇宙人(マンティスマン Mantis Man)の目撃情報はあって、UFO研究のなかでは爬虫類型宇宙人(レプティリアン)と同じくらい有名だ*6。おそらくカマキリの顔の造形がエイリアンっぽいことから「マンティスマン」ができたのだろうとおもうが、それゆえにカマキリの顔が急に出てきたとき、宇宙人だと勘違いすることは比較的自然なことのようにおもう。監督もそれを狙っていたんじゃないだろうか。

*1:以下を参照。

「オールド・タウン・ロード」をSFホラー映画にするとしたら?~『NOPE/ノープ』(ネタバレあり) - Commentarius Saevus

『NOPE/ノープ』に込められたテーマを徹底考察 逆転した“見られる者”と“見る者”の関係性|Real Sound|リアルサウンド 映画部

*2:

古代の宇宙人 - YouTube

*3:

www.bbc.com

*4:

「オールド・タウン・ロード」をSFホラー映画にするとしたら?~『NOPE/ノープ』(ネタバレあり) - Commentarius Saevus

*5:正確に言えば、本作に登場する円盤型モンスターが「地球外生命体」なのかどうかははっきりとは描かれていない。もしかしたら地球上で突如として発生したモンスターの可能性もある。

*6:ちなみに『ドラえもん のび太の創世日記』では、パラレルワールドの地球に昆虫型人類の一種としてマンティスマンが出てくる。しかも昆虫型宇宙人は南極の大きな洞窟から入れる地底の大空洞にいるという設定で、こうした地球空洞説もオカルト界隈では有名。